キスの日らしいので、中学3年の時のファーストキスの話をする。
私が「ブログ記事が書けない」と悩んでいる原因の一つに、「以前(10年ほど前)は、長文をガンガン量産できていた」という事実がある。
もう10年以上前だが、前職を辞め、地元に戻ってきて1年チョイの間を独立に向けての充電期間としていた。その間は当然無職で時間があったとは言え、mixi日記に毎日、1500~2000字の長文を、多いときで一日3~4本は書いていたのだ。今では考えられないペースである。
10年間、毎日何かしら文章を書き続けているのに、何故どんどん下手クソに、そして書けなくなっていったのか。それは別の原因があると自分の中で確定しているが、それを語るのは別の機会に譲る。
当時アップしたmixi日記を読むと、今よりも文章力があって(比較して今よりもはるかに)面白い記事がたくさんある。考えてみれば、これをリライトしてブログに載せればイチから書く手間も省けるし、ほぼ死蔵している文章に日の目を見せることもできるので、「mixi過去日記からのリライト転載」シリーズを、今後展開していきたいと思います。
さて、今日5月23日は「キスの日」らしい。魚の鱚(きす)のことかと思ったら、普通にマジ接吻だった。調べてみたが大して面白い由来ではなく、日本中で「キスの日だから」とキスをするカップル数が通常より増えると思うと虫唾が走る。
そんな36才独身のオッサンである私でもキスの経験くらいはあるわけで、今回はそんな話をお届けする。
私のファーストキスの話
先日、私は7年間放っておいた虫歯を4ヶ月かけて完治させた。
昔から歯に異常が見つかる度に行っている馴染みの歯科医院だが、何よりココの先生、ほとんど痛くしないのがいい。その日の治療が少しでも痛くなりそうな場合は、必ず前もって「麻酔しますか?」と訊いてくれる。麻酔の注射も一瞬チクリとするだけなので、麻酔をせずにガマンできない痛みが何分も続くよりはよほど良心的だ。
治療前の説明もしっかりしており、場合によっては治療方針を複数提示し、患者に選ばせてくれる。子どもの頃から社会人である今に至るまで、この先生にだけは安心して虫歯を任せられる、私にとって本当に信頼できる歯医者さんなのだ。
ちなみに、先生は男性である。ファーストキスの相手ではない。
そしてこの前、久しぶりにその歯科医院を訪れたことで、中学3年生の時に経験した甘酸っぱい出来事を思い出した。
その夜は大学イモを食べていた。しかしその大学イモ、表面にコーティングしてある甘辛いアメの部分が異常に分厚く、まるで趣味の悪いイミテーションの琥珀のように光り輝いていた。口に入れても硬すぎて噛むことができず、イモが出てくるまでアメを舐め溶かさなければならない。数分間、舌の上で巨大な異物を転がす。
当たり前だが、この大学イモはファーストキスの相手ではない。
そろそろ良いだろうと奥歯で噛んでみた。バリッというアメの砕ける音が頭の中に響く。同じ味のものが長く口の中にいたせいで味なんか分からなくなっていたが、イモっぽい感触はある。そのまま咀嚼を続けていると、今度はガリッという音が響いた。アメが砕けるにしては音が鈍い。そして、前歯に何かが挟まった感覚。
前歯を舌で触ってみると、塊になったイモが挟まっていた。舌でモソモソ触っても取れなかったので、思い切って指で取ることに。人差し指を口の中に入れていると、挟まったイモに触れるより早く、前歯に触れた。
すると、その前歯がその形のまま、イモと一緒に口の中から飛び出してきたのだ。
数秒間は何が起こったか分からなかったが、次の瞬間、私の口から出てきた言葉は、
「前歯折れたー!!!」
であった。見ると完全に根っこから折れていて、自力では修復できそうにない。そして爆笑する家族に促されて鏡で見てみた自分の顔は、口を開けただけでこれ以上なくマヌケになった。なぜ人間の顔は前歯がないだけでこんなにもマヌケに感じるのだろう。しかも、そうなった原因は「大学イモのアメ」。顔と同じくらいマヌケな原因だった。
いくら何でもコレは耐えられない。翌日、学校では一切口の中を見せないように注意し、放課後、逃げるようにいつもの歯科医院に向かった。
受付のお姉さんは美人だった。今でも通うたびに思うのだが、ここの歯科医院は働いている女性が何故かみんな若くてキレイである。先生の趣味で採用しているのだろうか。
そして残念ながら、この若くてキレイなお姉さん達はファーストキスの相手ではない。
治療台に通され、約1年ぶりとなる先生にご挨拶。かくかくしかじか事情を説明した後、とりあえず口の中を隅々まで調べてもらう。その結果、たった1年で虫歯が増殖し、折れた箇所だけでなく、右の奥歯にも深刻なダメージが及んでいることがわかった。時は中学3年生。受験を控えるこの時期に余計な心配事は禁物と、全ての虫歯を除去してもらうことにした。
治療はすぐに始まった。まずは右の奥歯から。いつも通り右の頬の内側あたりに麻酔を注入し、口をゆすいで効いてくるのを待つ。しばらくすると、口に水を含んでも右の口角からドボドボ流れ出してくるまでに感覚がなくなってきた。
しかし、その日はよほど麻酔の位置がジャストミートしていたのか、口の中の右半分だけは見事に感覚がなくなり、左半分は明瞭に感覚が残っていた。ここまで左右の感覚が違うと、なんだか完全にマヒしている状態とは別の気持ちが悪さがある。
ん、ちょっと待て。
左には感覚があるが、右にはない。感覚がある口の中と、感覚がない口の中が今、自分の口の中に同居している。感覚がある方の口で、ない方の口の中に触れることができるんだから、ちょっと待て!これってつまり、き、キ、キっ……!!
キスと同じ感触なのではッ!!?
そう認識するや否や、私はこれまでの人生で発揮したことがないほどの集中力で神経を研ぎ澄まし、狂ったように口をムニュムニュさせ始めた。感覚がある方で感覚がない方の粘膜を貪る。不思議な感触だった。嗚呼、キスってこんな感じなんだ。何かよく分からんがイイものなんだな、多分。舌の動かし方を工夫すればもっとイイ感じになるのだろうか。嗚呼、早く受験を終わらせて高校生になりたい。そうすれば。そうすれば……!!
「じゃあ始めようかー」
「ふゴっ!!」
先生に声をかけられて我に返ると、ぐりんぐりん悶えるように上半身を動かしていたらしく、身体の半分が治療台からズリ落ちていた。そして、勃っていた。
こうして私のファーストキスは、相手が自分自身という結果で幕を閉じたのである。確かに甘酸っぱい出来事だったが、今にして思えば、あれは麻酔の味だった。